非政党内閣
これとほぼ同時に組閣した寺内正毅内閣が成立。
大正6年のロシア革命でソ連が成立しましたが、日本は革命政権が覆った為にシベリアに出兵。
丁度その時、大戦景気によるインフレとシベリア出兵をきっかけとして国内では米価が暴騰し、富山県から米騒動が起こり、全国に広がりました。
政府はやっとの事でそれを鎮圧しましたが、シベリア出兵を推進した寺内正毅首相は退陣・・・。
代わって初めて爵位がなく、また衆議院に議席を持つ平民宰相として政友会の原敬さんが首相となって、大正7年本格的政党内閣として原敬内閣が成立!
しかし・・・大正10年に原さんが東京駅頭で青年に暗殺されたのです・・・。
続いて政友会総裁となった高橋是清さんが首相となったのですが、政友会の調整能力に欠き、高橋内閣倒閣後は非政党内閣が続いたのです。