成熟期の第一歩
西ドイツはGNPでイギリスを追い抜き世界第二位になったのは1960年ですが、1960年代に入ると、成長率は50年代の年平均8.9パーセントから5.4パーセントに低下。
しかし、西ドイツ経済は依然輸出の活況を呈し、過熱含みの経済拡大の中で「成熟期」を迎えようとしていました。
1950年代を通して西ドイツは、貿易の競争相手国からマルクの割安を常に批判されながら輸出を拡大させてきました。
1959年以降は、輸出代金の増大に加えて、マルクに対する投機が活発化します。
マルク切り上げにもかかわらず、輸出の勢いは衰えることを知らなかったのです。
そして外資が大量に流入し、国内通貨量の著しい増加をもたらしました。
輸出代金であれ、投機であれ、外貨がダブつくことはマルク紙幣の増札につながり、物価上昇の危険をまねくことになります。
連邦銀行は、こうした景気過熱を抑制するために公定歩合を引き上げましたが、かえって外資の流入を刺激する結果になった。
さらに、資本取引自由化のもとでは、外国企業が西ドイツ証券を買う動きが活発化し、逆にドイツ企業自身による外資の導入が積極化するなどして、金融による外資対策だけでは過熱を食い止めることができなくなりました。